合成の誤謬

 合成の誤謬という言葉をご存知ですか?ミクロの視点では正しいことでも、それが合成されると、つまり、マクロレベルで集計されると意図しない結果が生じることをいう経済学の言葉です。

 

 実業の世界では、製品と販売の連携が難しい背景に「合成の誤謬」があるとしばしば言われてきました。具体的には、小売店が問屋へ発注するとき何を考えるかと言えば、売り損じを嫌うもの。そこで、実際に売れる数量を100とすれば110くらいを問屋へ発注する。その発注を受けた問屋は小売店の注文に対して欠品を避けたいので110の発注に対して120くらいを事前にメーカーへ発注する。更にメーカーは120の発注に対して欠品を起こさぬよう140を作り込む。

 

 この時点で合成の誤謬が生じています。実際に生活者に売れる100に対してメーカーはなんと140の製造をする、という事態になるのです。こうした増幅過程が今の日本で起こっているけど何のことか判りますか?

 

 それは「自粛」です。

 

 被災地があんな状況だから喪に服すとしてイベントを中止、延期とする動きです。誰かが始めたことで、その気持ちも良く理解出来るのですが過剰な配慮は「合成の誤謬」以外の何物でもない。被災地や何らかの関係がある人達が「個人レベル」で自粛するのは理解出来る。けれど、この自粛の動きをみて「意味もなく追随する自粛運動」がどれだけ実需市場へ影響を与えていることか...。

 

 考えてもください。国民全員がそうした自粛モードへ突入すると当然に不景気になります。というのも日本国の国内総生産の6割が個人消費です。ゆえに人々が消費を過剰に押さえると間違いなく不景気になります。

 

 金は天下の回りもの、とはよくいったもので、通貨は「回る」ことが至上命題。回らないとGDPが縮小、つまり不景気になる。いま、被災地が必要としているのは再起するための勇気と資金、そして「需要」なんです。折角、勇気を振り絞り、資金を掻き集めたのに、大切な「需要」を過剰に押さえてはいけません。義援金を相殺してしまう行為です。

 

 このことを良く理解してか、大企業の中には被災地の地酒や名物を販売促進の対象とするなど義援金だけではない新しい支援を始めている企業も出始めました。今は企業レベル、しかも一部の動きでしかありませんが、放射能による影響が明確になるにつれ支援の範囲や賛同者も拡大することでしょう。

 

 みなさんも、合成の誤謬に対する加担者とならないよう、大いに消費しましょう。義援金を送ることも重要ですが義援金は一時的なもの。継続的な支援を果たそうと考えるのであれば、被災地の産品を大いに消費することでも出来ます。酒を飲む気にならない、そんなお気持ちもよくわかりますが、大いに消費しましょう。買いましょう。ボクは既に実行してますので皆さんも是非!